みんな今年は何の年だか知ってる?
みんな今年は何の年だか知ってる?
東日本巨大震災の年。
あの日は専門学校の卒業式だったな。
京介と二人して「酒の出ない謝恩会とかどうかと思う」とか愚痴ってたっけ。
謝恩会も終わって、外でタバコ吸ってたら西新宿のビルが一斉に捻りだした。
アスファルトも波打ってて、あの光景は忘れられないと思う。
ビルの倒れない方向を確認しながら新宿駅まで着いて、歩いてサイトまで向かったな。
歩いてる途中、あんなに暖かかったのに急に寒くなって予報にもない雨が降りだした。
北風。それも、海上。
大久保の駅周辺の小さな家電屋で人が群がってた。
やっぱり震源は東北だった。
地震があった日は、予定してた飲み会もしたしみんなもいたから割と冷静だったかな。
東北に住んでる何人もの大切な人はどうなってしまったんだろう。
次の日からずっと考えてた。
今何できんだろ。何したらいいんだろ。
俺だけじゃない、沢山の人が思ったと思う。
家屋は流され、車は流され、人は流され。
ニュースはただただ流れて、涙はただただ流れて。
「俺はあまりに無力で、あまりにちっぽけで。」
でも、みんな被災地を応援してるんだ。
だからこそ、それぞれの正義があって、それがぶつかり合った事もある。
もう何が正しいのか、誰のために何をすればいいのか分からなくなってしまう。
そうこうしてる内に東電が盛大な花火を打ち上げ、世界中がパニック。
「日本をとても応援している!日本人は何度でも立ち上がる!あ、でも食べ物の輸入ちょっとストップね。」
仕方のない事だと思う。
国内でさえそんな人もいるんだから。
でも、「仕方ない」で済まなかった。
なんとか津波から助かった農業者や酪農家が何人自殺したか。
その風評被害は今でも続いている。
あれから、まだたったの9か月。
被災者じゃない人たちはとっくに日常を取り戻して、忙しい年の瀬ももうすぐ終わる。
被災者の人たちは、わからない。俺は被災してないから。
でもニュースで垣間見るわずかな情報しかないけど、未だに流されたままの家屋もある。
忘れられない出来事だし、忘れちゃいけない事だし。
そんなこと俺が改めて書くまでもないけど、改めて強く思った。
幸い俺の知ってる東北の方々は大きな怪我もなく全員無事でした。
無事を知らされた時は2時間くらい放心してましたw
今でも覚えてます。
全てが揺れた瞬間。繰り返された地震。
鳴り止まない地震警報の音。八つ当たりされたACのCM。
倒れた写真。買い込まれた避難グッズ。
地震酔い。無力感。憤り。
きっと日常の中に埋もれてしまう時もあるけど
意識して覚えてようと思う。
だから今年は忘年会っていうネーミングは止そうって話でした。
そんな今年も、後191時間半で終わります。
今年の日記は最後になるかもだから先に書いておこうかなっ。
メリークリスマス。
よいお年を。
そして来年は、誰もが笑顔になれる瞬間を一つでも多く共有できますように。